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#16:幻(その2)

#16






週明け…


あんなに降り続いた雨は、月曜日の朝には嘘のように上がっていた。


失恋したばかりの私を襲った快楽の波は、引き潮のように引いていった。


でも、あの日を思い出すだけで体が求める…


あの日、男を追い掛けて彷徨った街に、男の後ろ姿を見つけることは出来なかった。


濡れそぼった体を温めてくれる胸はなくて、私は風邪を引いた。


降り続いた雨のお陰で、外に出る気分も失せていてちょうど良かったのかも知れない。


気怠い体を起こし、私は会社へと向かう。


まだ、ぼんやりとする頭を目覚めさせようと、会社のすぐ側にあるコーヒーショップに足を止めた。


エスプレッソコーヒーを注文して、私は空いた席に火照りを残した体を預けた。


まだ、完全に風邪は良くなっていないようだった。




「あら、あなた…」




突然、声を掛けられて視線を上げると、隣のフロアの営業部の部長がコーヒーカップを片手に私を見つめていた。




「確か、企画部の庄野さんよね?」




私は慌てて姿勢を正すと、立ち上がって「はい、桜木部長」と返事をした。




「そんなにかしこまらないで。隣、いいかしら?」




春らしい柔らかいピンク色のスーツに身を包んだ女性…


桜木留衣子は、46歳にして花形の営業部の部長に4月から就任した。


会社の看板でもあり、女性社員の憧れの的でもある。


そんな女性に声を掛けられ、しかも名前まで覚えて貰っているなんて、私には信じられないようなことだった。




「川原君、結婚するんだってね」




緊張している私の顔を覗き込みながら、柔らかい笑みを湛えて留衣子が問い掛けてくる。




「てっきりあなたと付き合ってるんだと思ってたわ」




留衣子の言葉に私は、ただただ、驚いた顔を見せた。


私の顔を見ながら、留衣子はクスリと笑う。




「あ、ごめんなさい。あんまりビックリした顔をするから。何で知ってるの?って顔してるわね」




留衣子はそう言うとコーヒーカップに口をつけた…


真っ白いコーヒーカップに、ほんのりと紅く形の良い唇の跡が残るのを私は目で追っていた。


川原との失恋は、いつの間にか私の心の中から少し遠いところにあるように思えた。


それよりも、幻になってしまいそうなあの日の快楽の記憶が私の心の大半を締めていたのだった。






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