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#98:堕天使(その17)

#98






「…恋人だった…って?」


苦々しい顔で川原のことを思い出しているだろうまひるに、敢えてそう問い掛けた。


まひるの記憶がどこまで思い出せているのか…それを確かめたかった。




「…彼、私の友達と婚約したのよ…」




まひるは俺の問い掛けに暫く黙り込んでいたが、キュッと唇を噛み締めた後、意を決したように口を開いた。


そう呟いたまひるの憂いの込められた表情に、俺の胸にもチクリと痛みが走ったのだった。


しかし、そんなまひるの顔を見ても、俺の気持ちは止められなかった。


何かが俺を急かすように、まひるの記憶を更に辿らせようとする。




「…それから?…まひるはどうしたの?」




「…それから…?」




俺の言葉に誘導され、まひるは硬く目を瞑った…


瞑った目は更に硬く閉じられ、甦らない記憶の断片に、まひるは再び苦々しい表情を浮かべる。




「それから?…それから、傷付いたアンタはどうしたんだよ!何処に行ったんだよ!」




まひるの記憶が甦らないことに苛立った俺は、思わず責めるように、まひるに捲し立てていた。


俺の言葉に一瞬、肩を竦めたまひるだったが、俺の言葉を声にしないまま繰り返し、俯いていた顔を徐々に俺の方へと向ける…




「…ねぇ…あなた…私を知ってるって言ったけど…いったい、何を知ってるの?」




顔を上げ、俺を見据えたまひるの目は、さっきまでの怯えた目ではなかった。


怪訝な顔で俺を睨みつけ、疑心を露わにしている。




「まひる…」




「こんな状況だったから、あなたに助けて貰ったんだと思っていたけど…あなた、何を見たの?…私に…何があったの?」




怪訝そうなまひるの顔が、時折、不安の波に襲われたように表情を変えた。


記憶の断片を失ったまひるの不安が募っていくのが、俺にまで伝わった。




「今のアンタに本当のことを話しても、俺の言うことなんか信じれないと思うよ…」




俺はまひるを苦しめようなんて思ってなかった…


俺のことをすっかり忘れてしまったようなまひるに、ただ、思い出して貰いたかっただけだ。


その俺の焦りが、今、まひるを苦しめている。


俺の発した言葉に、まひるは項垂れてしまった。


項垂れたまま、視線は床へと落とされ、まひるはそれきり黙りこくってしまった。


そして、その時から何も喋らない、表情を持たない人形なまひるに変わってしまった。






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#97:堕天使(その16)

#97






俺はまひるの反応を見て、心穏やかではなかった。


気持ちを落ち着けようと、コーヒーを口に含むと、もう一度まひるの顔をチラッと見る。


まひるにも俺の戸惑いが伝わっているのか、何だか落ち着かない様子でマグカップの取手に触れては離す…を繰り返した。




「あの…」




静かな沈黙が続いて、俺がコーヒーを飲み干そうとする頃、堪らなくなったまひるがようやく口を開いた。




「何?」




「あなたは…私を知ってる…んでしょ?」




確信のないまま、俺に問い掛けるまひるの声は、僅かではあったが震えているのが俺にも伝わってきた。


きっと、俺がまひるの名前を呼び、俺の戸惑いがまひるにその言葉を言わせたのだろう。




「あぁ…知ってる」




俺はまひるが困惑することを承知で、そう答えていた・


まひるの記憶がどこまで欠落しているのかも、知りたいという気持ちがあったからだ。


案の定、まひるは俺の言葉に困惑した表情を浮かべる。


頭を捻りながら、何度も何度も俺の顔を見つめる。




「…覚えてない?」




俺の問い掛けに、まひるは申し訳なさそうな顔で小さく頷くと、突然、髪の毛をグチャグチャにし、頭を抱え込んだ。




「ごめんなさい…考えれば考えるほど、頭の奥の方が痛くなって…思い出せないの。どうしてだろ…」




顔を上げたまひるの顔が苦痛に歪んでいて、俺の胸がチクリと痛んだ。


俺は問い掛けてしまったことを後悔し、思わずまひるの細い肩に手を掛けた。




「いやっ!」




俺の手がまひるの肩に、ほんの一瞬触れただけで、まひるは嫌悪感を剥き出しにし、素早く俺の手から逃れる…


大袈裟なくらいの拒否反応に、俺の方が呆然とまひるを見つめてしまった。




「…こ、怖いの。触れられると…何だか、無性に怖くて…」




「まひる…」




「ごめんなさい!助けてくれたのに…怖いだなんて…ごめんなさい」




まひるは俺に謝りの言葉を発しながら、震える身体を自分の両手で押さえ込むように抱きしめた。




「どこまで…覚えてるの?…留衣子のことは…?」




「留衣子って…桜木部長のこと?…桜木部長を知ってるの?」




記憶にある名前が出たせいか、まひるは少し、俺への警戒心を解いたように見えた。


俺はまひるの問い掛けに答えないまま、続けざまに言葉を発する。




「川原…隆二は?」




その名前は覿面だった…


まひるは顔の色を失くし、留衣子の時とは違って、食いついてくるどころか、まるでその名前を避けるかのように俯いてしまった。




「知ってるよね?川原さん…」




「えぇ…私の恋人だった人だから」




まひるはそう言うと、ごく最近の記憶を辿り、思い出したように苦々しい顔を見せたのだった。






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#96:堕天使(その15)

#96






「いや!来ないで!…来ないで!!」




まひるの声が部屋中に響き渡った…


何もないベッドの上で、まひるは幻覚を見ているのか、伸びた手は空を切った。


何度も何度も、怯える手は空を切り、見えない何かに言葉を投げ掛ける。


まひるが金切り声を出し始めた時は、どうしていいのか分からなかった…


まひるの背中を摩り、落ち着かせようと試みたが、俺の手は何度もまひるのありったけの力で振り払われた。


まひるが元に戻ろうとしているのか…


また、違う形で壊れかけているのか…


見守る俺には、いったいどちらの状態なのか、半信半疑だった。


まひるは、それから2日間、眠る以外はその状態を、ただひたすら繰り返した。


俺の姿を目にすると余計に怯えるまひるに、極力顔が見えないように細心の注意を払いながら、見守った。


2日経つと、喚いていた声は鎮まり、空を切っていた手も、肩から力が抜けたように、ベッドの上でダランとしていた。


幻覚が見えなくなったまひるの頬は、少し赤みが点したように見えて、俺から見える横顔は以前のまひるを彷彿とさせた。




「まひる…」




俺の声に反応して、ベッドに座ったままのまひるが振り返った。


目と目が合って、俺は満面の笑みでまひるに笑い掛ける。


そんな俺の顔を覗き込むように見たまひるは、きっと笑いかけてくれるんだろうと、タカをくくっていた。


しかし、まひるの顔から親しみを込めた笑みは浮かんでこなかった。


ただ、不思議そうな顔で俺を見つめるだけだった…




「…コーヒー、飲む?」




不思議な感覚の沈黙を破りたくて、俺はまひるにそう言った。


コクリと頷くまひるを確認すると、俺はキッチンにコーヒーを淹れに行った。


淹れたてのコーヒーのいい香りが、あっと言う間に部屋に充満する。


まるで、何とも言えない空気を塗り替えるかのように、部屋の空気は和んだかのように思えた。


マグカップに淹れたてのコーヒーを注いで、まひるへと手渡した。


少し遠慮気味に「ありがとう」と言って、まひるはマグカップを受け取った。




「どう?気分は…」




「ええ…気分は悪くないんだけど…」




まひるはそう呟くと、コーヒーに口も付けないまま俺の方を見つめる。


俺は何かを言いたそうなまひるに、小さく首を傾げてみる。


そんな俺を見て、まひるがゆっくりと口を開いた。




「…あなたが助けてくれたんですか?…私のこと…」




「…え?」




「見ず知らずの人に…助けて頂いたみたいで…申し訳ありません」




「まひる…俺のこと…」




まひるの言葉に返事をしようとして、言葉に詰まる…


まひるの瞳に映る俺は、まひるには初めて会う人になっていた。







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大人の恋愛小説を書いています。

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