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#68:堕落(その10)

#68






痛いくらいドクンドクンと脈打つ胸の鼓動を、Tシャツの上から震える手で押さえつけると、私は玄関のドアをゆっくりと開けた。


狭い視界から見えるのは、向かい側の壁のコンクリートで、人らしき気配は感じられない。


私はホッと息を漏らしながらドアを戻そうとした。


その時だった…


光沢の掛かった黒い革靴が、ほんの僅かしか開いていないドアの隙間に、突然、ねじ込むように入ってきたのだった。




「きゃっ!」




短い悲鳴の後、その僅かな隙間から現れたのは、怒りを露にした鋭い目だった。


思わず握っていた携帯電話を床に落とし、私は咄嗟に両手でドアノブを握り締める。


その鋭い眼光に見覚えがあった…




「まひる…」




ドアを開けようと力を込めているのか、私を呼ぶ声にも力がこもっている。


私の目の前にいるのは紛れもなく、ついこの間まで恋人だと信じて疑わなかった川原だった…




「川原さん、どうして…」




ドアの隙間が徐々に広がり、川原の表情がしっかりと確認出来る。


よほど力を込めてドアを開けようとしているのだろう。


きちんと整髪された筈の前髪が、額にパラパラと掛かっていて、その額からもうっすらと汗が滲んでいた。




「話が…あるんだ。君と…ちゃんと話…してなかっただろ」




川原の言葉に、滝沢沙織との結婚の報告があった、あの日の朝のことが思い出された。


愕然とする私に勝ち誇ったような目で見つめる親友の沙織…


まるで、何事もなかったかのように幸せな笑顔を振りまく川原…


私の存在に気づいていても、目を合わせようとしなかった川原の姿が鮮明に思い出された。


川原が好きで、いつか結婚するものだと思っていた私には、それは衝撃の出来事だった。


それなのに何故だろう…


そう時間は経っていない筈なのに、河原との恋の終わりが、何だか遠い出来事のような気がしている。




「もう、話すことはありません。…沙織と幸せになってください」




心の傷が完全に癒えた訳じゃないのかも知れない。


でも、今はもう心は痛まなかった…


彼を好きだったことも、夢見ていたささやかな未来も、もう一度、手に入れたいとは思わなかった。


突然、目の前に現れたサトシとの確証のない交わりが、今の私には手放せないものになっていたのだった。






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大人の恋愛小説を書いています。

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