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#88:堕天使(その7)

#88






「この娘か?留衣子さんの言ってたのは…」




ベッドルームに足を踏み入れた羽海野は、乱れた服で空を弄ぶまひるの姿を目にして問い掛けてきた。


まひるは羽海野の気配を感じたのか、突然、体をビクンと震わせると、ゆっくりと視線をこちらに向ける。




「アンタがまひるさん?…庄野まひるさんだね?」




さっきとは打って変わって、羽海野はしわがれた声のトーンをあげ、笑顔を見せながらまひるに近づいた。




「…や…いや!来ないで…来ちゃいや――っ!」




子供のような表情で、にこやかに空を弄んでいたまひるの顔が、羽海野の姿が近付いて来た途端、酷く怯えた表情に変わり、叫び声をあげさせた。




「まひる…」




俺がまひるのマンションで大きな声をあげてしまった時のパニック状態が、再びまひるに襲いかかろうとしていることに気付いて、俺は羽海野よりも先に、まひるの体に触れた。




「まひる…大丈夫だから。何も怖くない…大丈夫だよ」




小さな子供をあやすように、俺はまひるの体を自分に引き寄せると、体全部を手で摩った。


すると、興奮していた筈のまひるが徐々に声のボリュームをさげ、俺の腕の中で「怖い、怖いの…」と体を小刻みに震わし、呟くだけになった。




「ほぉー…あんたには従順なんだな。彼女は…」




羽海野は、髭のかかった口角を上げニヤリと俺に笑いかけると、おとなしくなったまひるの腕を突然、掴んで注射器を射したのだった。




「おい!あんた、何してる!」




針が射された途端、まひるは俺の腕の中でぐったりとしてしまった。


震えていた体の動きがピタリと止まり、呟いていた唇も動かなくなった。




「解毒剤みたいなもんだ。この手の薬の大量摂取には、この注射が覿面でな。…しかし、さっきの彼女の怯えた目は…相当、病んでるようだったな」




「…病んでる?」




俺は羽海野の言葉に思わず反応し、引っ掛かる言葉だけを復唱した。


羽海野は俺の問いに、ハッキリとした言葉では返さず、「ここだよ」と言って、俺の左胸に自分の手を充てたのだった。


俺はピクリとも動かなくなったまひるの姿を見つめた…


俺の知らない間にまひるに何が起こったのか…


まひるの状態が元に戻らなければ、その真実さえ分からない。




「まひるは…治るのか?…先生」




「…それは…俺にも分からんよ。心の病は…いつ治るなんて期限はつけられんからな」




羽海野の言葉を聞きながら、俺は眠っているまひるの頬に触れた。


涙で濡れた頬を拭いながら、俺の心の中に今までに感じたことのない愛しさがこみ上げてきたのだった。






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